You Can Heal Yourself
「シニアの母とのハワイの私」2

私の母はよく、「私は今までいろんな占いで、「あなたは晩年が幸せになります。」と言われたのよ。」と私に言います。

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正直,娘として母のこの言葉を聞くときの私の気持ちは複雑極まりないのです。
「彼女のこの言葉は一体私に何を言おうとしているのかな。」 考えるだけでも私にとっては恐ろしいのです。

理由は「いつになったら親孝行してくれるの?」「80歳の高齢になっていつまで待たせるの?」っと母が私に命がけで迫ってくるような気がするからです。 恐ろしくて縮み上がっている自らの心の姿に気づき、ぞっとしたのはつい最近の話です。

母の育った環境や日本の状況を考えれば母の言葉に私を傷つけるような気持ちがないことは十分わかってはおります。 日本では「幸せは自分で宣言してなるもの。つかむもの。」というより、苦労しその結果得られるもの。という考えが根強いと思われます。

それでも母の「私は晩年に幸せになるのよ」という言葉が出てくるたびに、「今の私は幸せでない。」「あなたは娘として早くこの晩年の幸せを持ってきなさい。」と、日本独特の何ともいえない依存型の強制的圧迫間を母子の間で感じずには居られません。

先日80歳になる母の介護の手続きなどの手伝いで、日本で一ヶ月ほど母と過ごしました。彼女は相変わらず「ママは晩年は幸せになると言われているから。」とあの恐ろしい脅迫文を発してて私を暗い穴に落としてくれます。  どう考えても彼女の心の底には「今の自分はまだ幸せでなく、誰かが(この場合娘)がその幸せを運んでくれる。」という半ば夢見る少女のまま目の前の幸せを拒絶している気がします。

彼女は「いつか私は、幸せになる。」という夢の中で老後を迎え今、「幸せを待ち望み続け目の前にあっても認めない。」という姿勢に一生を徹すると決心している様子で私には何も出来ません。
ハワイに戻って、日本的考え方が繁栄されないアメリカ社会に戻りセラピーでのドクターとのセッションで、ようやく彼女の「幸せを他人に依存しているという、時代と国民性」を第三者の目から見られるようになり、母の私を縛る目に見えないロープから開放されてきました。

 

ドクターとのやりとりで、私は先ず、「母の幸せに私は何の責任もない。」ということ。まして私には母が思う、物理的な幸せの形の定義が全く理解できないので、彼女の幸せをすることは、不可能であるという事実の確認。

母の自分の幸せはお届け物のようなもので、「じっと風雪の中、耐え続けて待ち続ければ、もしラッキーなら贈り物として届けてもらうもの。」という日本独特の考え方はアメリカ本土で大人として成長した私には、矛盾だらけで受け入れることが出来ず、母を幸せに出来ないという心の葛藤と娘としての罪悪感が心の中での障害となっていたのです。

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食べ物もまともになかった日本の戦争時代に育った私の両親の世代は今、老人となりこの世での最終章に入っています。 「幸せは自分でなるもの。自己責任である」という私が歩いたアメリカでの考え方や生き方を、次世代の日本の子供達が自然に信じられる国であることを祈ります。