You Can Heal Yourself

 

私は元海軍予科練のハードコアな父の元で一人娘として育ち、16歳で父を亡し、母一人子一人という緊迫した環境で育ちました。

幼い頃から、父の経営する会社の跡継ぎ、また養子を迎えての家の継承者として育ててられた私。 こんな私が母を日本に一人残し、アメリカで移民となるなど、私の育った時代にはまだまだ、社会的に受け入れられるものではありませんでした。


しかし、社会的風習や考えの押し売り、一人の人間の個性より集団としての一致を重んじる文化では、この自分は受け入れられないと確信しアメリカ移民を決意したのです。

もちろん、友人知人、近所親戚全ての人のお別れの言葉には必ず、「お母さんを置いていくのね。」という心配してくれているのか、嫉妬から言っているのかどちらともいえない、言葉が飛び交いました。 当然のことながら、私は罪の意識と心配で身動きが取れない心の自爆状態から逃れられず、長いアメリカ生活の間に心の病に至るまで悩みに悩みました。

でも、今の私は自分の受けた生を全うすることこそが、親孝行だと固く信じております。 日本で行政がヘルプするシニアケアが盛んになったとはいえ、一般的には私達のニーズを繁栄してくれているかは別物のようです。

先日日本に戻って、母の介護の方々との接触を通して、このことを知りました。先ず過剰なほどのサービスといわれているものの、家族が海外に居る場合のそれぞれの業者さんや行政の対応は、一般的に手付かずのような気がします。

簡単な、メールでの状況の報告、写真やビデオのやり取りすらも対応してもらえない、「一生懸命お母さんのために、尽くさせていただきます。」とはいいいながら、「しかし、機会は電話操作すらも出来ません。」っと頑固として、メールやビデオチャットなど、私達、家族がやってもらいたいことには、協力してもらえる様子はないのが現状のようです。

一方、私の夫は白人系のアメリカ人。カリフォルニア生まれで、ハワイ育ち。 彼の両親や成人した娘達との関係を見ていると、私のように親に対して変な義務感ではなく、純粋に家族としてお互いを尊重した上で、愛情を確かめ合う姿が見られます。

つまり、お互いが何処に居てもそれぞれの生活を尊重し、誰かが誰かの面倒を見るために生きる。という固定観念はありません。

もちろん、私にとって母は大切な人です。 感謝もしています。 だからこそ、私は母に私の生活を直接見せたいし、私も母の生の姿を電話以外で知りたい。 彼女がご飯を何度食べたかと言う報告以外に、知りたいことがあるのです。

母に「娘がハワイに居ても、たった一人の残された惨めな老人」という思いを抱かず、自らの人生と照らし合わせ、「この子を産んだ自分の人生は素晴らしいものだった。」と思わせてあがえるために、私は一体ハワイに居て何が出来るのだろうか。という真剣な思いが始まりました。

テクノロジーが栄え、生活の場所やライフスタイルを自由に選ぶことが当たり前に時代がやってきました。老人医療業界の方の海外に向ける日本側の新しいサービスでの対応を、一日も早く大いに期待しております。