You Can Heal Yourself

「食べ物の意識改革1.」

皆さんの食べ物に対する意識って、どんな感じでしょうか。

私は子供の頃から食道楽で有名な関西で「食べることにはお金を惜しまない。」という食べ物に関してはかなり贅沢な父親に育てられました。

自分でいうのは何ですが、味覚と嗅覚にはかなりの自信があります。 ニューヨーク時代には世界中の食べ物をエンジョイしてきました。

そんな私がロスを経由してハワイについて一番、驚いたのは食べ物の意識があまりにちも本土とかけ離れていたと言うことです。

ハワイの食文化は、日本やベトナムの影響が濃く一瞬見かけには野菜やスープ類が覆いため、健康そうに感じるのかもしれませんが、MSGの使用や炭水化物の大量摂取など、栄養のバランスの面で言うとかなり貧相だと個人的には感じております。

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そしてブレックファーストがなぜだか一斉風靡しているカイルアにあるお店を見ても、卵にスパムやソーセージ、その上にパンケーキにたっぷりとかかった、シロップやマックソース。 これでは、一瞬にして血糖値が上がってしまい、食べた後には眠気とだるさだけが残り、その後元気に一日を暮らせるようには、思えなにのは私だけはないはず。

食というものは、見た目や人の噂の基準で良し悪しを決めてはいけません。 食により自らの体がどのようにその後感じたり、動いたりしてくれるかという自己管理や直観力を磨かなければ、食べたものは身になりません。

人間の幸せとは、自らの食べ物を選ぶセンスを磨き、それをきちんと食べられる余裕ではないでしょうか。 私は食べ物に対する意識を変えてから、人生が変わりました。 体によい新鮮で栄養価の高い食べものをいつも食べるようにしていると、体そのものだけでなく五感が磨かれ、直観力も良くなります。

そしてもちろん、免疫力や回復力も良くなります。 また最近気づきましたが、栄養のバランスと精神的情緒には大いにかかわりが出てくることも、身をもって体験しています。

特に最近では50歳も近くなり、何だか今まだのような記憶力に自信がなくなってきた昨今、食べ物の栄養価が即、自分の日常生活に関連することを痛切しております。

周りを見回しても、白いライスに卵とスパム、それにどーっと、しょうゆをかけて食べるのが当たり前の、ロコの知り合いなどの体系、生活、仕事量、集中力や人生の安定性を見ても、「これだけ才能があるのに、どうしてこうなるの?」っと首をかしげるときの影にはいつも、この食べ物の意識の低さの影響力を感じずに入られません。

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彼らは食べるとすぐに、眠くなります。 そして、大きなお腹をさすりながら「ここが痛い、あそこが痛い。」といつも何だか活気がありません。

食べ物を選ぶときに、私達の意識は磨かれます。 自らの体が何を欲しているかという、体とのコミュニケーションすることは、自らを大切にしようとする意識と、自覚です。

手っ取り早いもの、安いもの、意味はわからないけど皆が言うから食べておこう。これらは全て不健康と不幸の始まりです。 幸せとは体を幸せにする食べ物を、自らで選びそれを一生自らの手で味わえることだと今年80歳になった母の生きた姿から教えられます。

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